Forget about it

1990年山口県産の32歳。北関東の医療系大学を卒業後、理学療法士として広島の回復期リハ病院で6年間勤務。その後、青年海外協力隊に参加2018.10~2020.3までベトナム・ハノイで活動していました。帰国後は、キャリア変更して国内でベトナム語の通訳関係の仕事をしている。

【健忘録】30歳男性ニートの振り返り

2021年1月13日マクドナルドにて。

 

2020年3月末、青年海外協力隊での任期を残り半年としたところで、covid-19のパンデミックにより日本に一時帰国してきた。今思えば、これほど長期化するなんて全く予想せず1ヶ月もすればまたハノイに戻れると思ってたから気分転換だな。なんて思い桜を見ながら散歩をしたりしていた。実家の料理も久々で気分が良かったのを覚えている。

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その後、月が変わるに連れて再赴任の可能性がなくなっていき、8月中旬には完全になくなった。再赴任できないのはショックであったが、割と前向きであり、ベトナム語と英語の勉強をしていた。この頃は、年明けごろにワーホリの申請を出してニュージーランドで2年間過ごして英語を勉強しながら大自然の中で過ごすことを夢見ていた。

しかし、パンデミックによる国境封鎖の影響は非常に大きく、ワーホリの雲行きが怪しくなってきた。10月に実施予定であったベトナム語試験も中止になり、この頃から勉強していても目標がなく日々を過ごしていた。ただ心の中ではベトナム語を使用してキャリア変更をしたい気持ちもあり、焦る気持ちもあった。

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そんな時、きっかけは忘れたがなぜか警察官のベトナム語捜査官を思い出し検索していた。10月上旬は募集シーズンではなく過去の試験内容を見ながら、こういう道もあるなと思い視野に入れた。10月末、偶然県警の通訳事務の募集を発見する。試験まで1ヶ月程度で準備も間に合わないが、頑張って教養試験の準備をして挑んでみた。この状態では合格は難しいだろうから、旅行がてらベトナム語試験を受けにいくつもりでいた。

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試験の結果はまさかの1次合格であった。この12月頃より通訳職としてのキャリアを積んで日本での生活を充実させていきたい気持ちが強くなり、県警のある都道府県の情報を調べたりしていた。その後の2次試験もそこそこの手応えで終わり2020年を10日残してようやく気持ちも落ち着き始めている。

そして現在1月上旬、結果を待ちながらニートを継続している。まさかこんな年になるなんて思いもしなかったが、確実に分かったことが1つある。それは、私にとってニート生活は長くても3ヶ月で十分であり、それ以降は生活にもはりがなく、社会に属していない不安や焦りに苛まれながら時間を持て余している心境になるということだ。

 

以上、気のむくままに経過と心境の変化を記録してみた。

今は、

①通訳職として働きたいが強いが②理学療法士復職で地元で働く③海外就職を考えながら過ごしている。状況変化により選択肢は影響を受けるが何か一つに固執せず、うまくいかなくても変化を受け入れ新しい可能性に向かって前向きであり続けたいと考えている。

 

あと2ヶ月もすれば2021の桜が咲き始める。